推しと飯。

三度の飯と推しが好き(強欲)

推しについて

“推し”と彼を表現するのは未だに何だか気恥ずかしい!謎純情!


推しを知ったのは、とある2.5系舞台でした。

私が人生の半分以上を費やしている、私の存在意義とも言えるキャラクターの役に選ばれたのが推しでした。


“きっとこの人の事は、この役を離れてもずっと応援する”


そんな風に漠然と思い始めたのはいつからだっただろう。これと言ったきっかけもなく、日々の気持ちの積み重ねでそんな風に思っていたし、預ける手紙にも何度も書いた記憶があります。


良くも悪くも世はSNS時代。若手俳優にとってSNSは手軽に自分をアピール出来るツールでもあり、1歩間違えれば自分やファンを傷つける物にもなりかねない、正に諸刃の剣。若手俳優界隈だけで見ても、日々大なり小なりそこここで火事が起きるし、SNSで取り上げられた問題をきっかけに役を降板、事務所退所、偉い時代だと思う。


推しはSNSの「発信」はとても上手だけど「受信」はちょっと下手だなぁと思う。

ファンからの言葉を悪い意味でも気にしすぎてしまう様子があって、大丈夫かなぁと何度か思ったりもした。

でも、そんなちぐはぐさが、不安定さが人間らしくてとても魅力的だなぁと思った。


勿論顔も、舞台やSNSで垣間見ることの出来る性格の一部も感性も紡ぐ言葉も芝居に対する姿勢も。

応援したいなぁ、と本当に自然と思いました。


世界で1番大好きなキャラクターの役から、応援したいなぁと思った俳優さんが離れていくってはてブロの若手俳優ファン界隈の皆さんも経験がある方が多数いると思いますが、言い尽くせない寂しさがありますよね。

大千秋楽と同じように、それはいつか来るべきして来ること。

そして私は不安でした。「彼がこの役を離れても本当に私は応援していけるのかな?」って。


何に対してもそうですが、好きだって気持ちに形はありません。思い込みの積み重ねも錯覚も吊り橋効果も全部好きの一種。

だから、その時その時で好きだなぁと思った気持ちは間違いなく本物なんだけど、次の舞台を観るのがとても怖かったです。


そして先日、彼の新しい舞台の幕が開きました。


初日、頑張って手に入れたチケットは立ち見のもの。


正直若手俳優のキラキラアクティブな雰囲気を眩しく羨ましく思う程度にはそこそこの年齢のオタクなので、何時間も立って鑑賞出来るかなぁ…集中力の妨げになったら嫌だなぁ…と不安に思ってたのですが、いざ始まってみると劇場自体の作りもステージがとても見やすくて、あまり気になりませんでした。


そして、客席登場の演出に驚いていたのも束の間、私の斜め後ろの扉から現れたのは他でもない、私が応援したいと思い足を運んだ理由の、正に彼でした。


その場所に登場したキャストはたった1人、それがよりにもよって。


そして彼を初めて目にした日の事を思い出しました。その舞台にも客席登場の演出があり、日によって回によってローテーションで様々な場所に様々なキャストが現れる演出。

その時にも私の座っていた席に現れたのは紛れもない彼でした。

驚いて口元を手で覆ってしまった私を見て彼も目を丸くしていたのを今でも鮮明に覚えています。きっと彼自体もまだ客席登場の演出に慣れてなかった中分かりやすく感激するファンにびびったんだと思う。


勿論客席登場が全てではないにしろ、こんな感慨深い偶然が起きたことにますます後押しされたような気にもなってしまいました。


「応援したい!推しって言いたい!」


そんな、きらきらした予感で胸がいっぱいになって、舞台そのものの楽しさも相まってその帰り私は千鳥足で一人帰路につきました(素面)


夏は忙しくなりそうです。